子ぱんだ1(ギフテッド)の特性がわかってから、ずっと気になりいつも頭から離れなかった不安。それは、どう育っていくのか?しあわせに生きていけるのか?ということでした。その不安を少しでも解消すべく、ギフテッドについて調べまくっていた日々。――あれから時は経ち、気づけば彼ももうすぐ17歳。ふと見る横顔に、将来をまっすぐ見つめ、自分の人生を歩んでいこうとする力強い意志を感じました。一般的とされる進路とは違っても、普通ではない…と言われても、失敗だらけ!と言われても。誰かに決められた人生ではなく、自分自身で考え選択した人生を歩むこと、それこそがギフテッドがしあわせに生きていく秘訣だと、今は思っています。
今回は、そんなギフテッドの将来について考えてみたいと思います。子ぱんだ1(ギフテッド)はこの先どういう人生を歩むのか?親はどこまでサポートすればいいのか?大人になったら変わる?などなど。ままぱんだが独りよがりな意見を綴ります♪

ギフテッドの将来は明るい?それとも真っ暗!?
もうね、これは未知数です(笑)。大学へ行って、どこかの会社に就職して、結婚して、子どもが生まれて、家庭も円満で…。って、こんな絵に描いたようなルートはたどらない気がします。これは今の時代、ギフテッドに限らずですね。時代背景もあると思いますが、ままぱんだは当時一般的とされていたこのルートにまんまと乗せられ、生きてきました。30代で都市部へ引っ越して初めて、結婚しない選択や子どもを持たない選択があることを実感したくらいです。実際にそういう選択をして生きている人たちと接して、「なるほど、そういう生き方もあるのか。それはそれで充実していそうだなぁ」と素直に思いました。
だから、子どもがどういう生き方を選んだとしても、受け入れなければいけないなと思っています。それが親の思い描く将来と違ったとしても、親から見たら不安しかないものだったとしても。だって自分自身がそうしてきたから。大枠では一般的とされるルートを歩んできたままぱんだですが、人生の要所要所では自分の考えを貫きました。音大に行かせたかった母から逃れるべく、家からは通えない距離の大学に進学したり、博士課程に進むことをしつこく勧められてきたとき(これも母)は実務経験を積みたいからと就職したり。
「親の意見と茄子の花は千に一つも仇(あだ)はない」な~んてことわざがありますけども。ままぱんだの両親もよく言っていましたけども。ままぱんだは、そうは思いません。親は完璧ではないし、なんならダメなとこだらけだし、子どものためを思ってのアドバイスでも時代に合っていないことはよくあるし。だから、ままぱんだは子ぱんだたちにはこう言っています。「親を信じるな。自分を信じなさい」と。少々過激な言い方ですが、本意は「親の意見が正しいとは限らない。なんなら間違ってる。一見正しそうなことを言っていても、実際は時代遅れなこともあるし、押し付けでしかないこともある」ということです。
ギフテッドがしあわせに生きていけるかどうか―― しあわせはテストで高得点を取ったからなれるというものではなく、また、どう感じるかの問題でもあるので人それぞれでしょう。ただ、自分の人生は自分で決める!という気概や、実際に自分で選択した経験があると、しあわせを感じやすいんじゃないかなとままぱんだは思っています。
親ができるサポートとは?お金出すだけ(笑)?
さて、ギフテッドの子どもを育てるにあたって親ができること。なんでしょう??ご家庭の数だけ答えがありそうですね。ままぱんだが考える(そして実践してきた)サポートは次の2つ。基本的なしつけと、個々人に合った習い事です。
【基本的なしつけ】
これはギフテッド・定型発達にかかわらず、物心がついた頃から教えました。根気がいりますし、教える親のほうがお手本を示す必要があります。ままぱんだ家で特に重視したものは以下の2点です。
・あいさつをする
「おはようございます」「こんにちは」「さようなら」などだけでなく、「ありがとうございます」も自然に言えるように。お店での会計時、バスを降りるときなど。お金を払う立場であってもお礼を言う理由を聞かれたとき。売ってもらえることや目的地まで安全に乗せてもらうことが当たり前ではないこと、だから買い物できたり無事に着くことができたら感謝するんだよ、と言い聞かせていました。
・身だしなみを整える
制服のときも私服のときも、だらしなく着ない・きちんと着るということは徹底しました。園児の頃は注意しながら直していましたね。小学校に上がっても低学年くらいまでは注意していた気がします。
【個々人に合った習い事】
これは習い事ではなくてもよくて、要はその子に合ったサポートのことです。きょうだいがいたら平等にと一律に塾に通わせるのではなく、塾より実験教室が合うと思ったらそちらに行かせてみるとか。
一般的な実験教室では満足できない子ぱんだ1(ギフテッド)のために、論文発表ができるところを探したり、大学の先生に会いに行ったり。実験教室に通わせるのにお金はかかりますが、では逆にお金だけ出していればいいかというともちろんそんなことはありません。送迎にはじまり、実験内容の把握や今後の展開、学会発表の申し込み(これが大変!)や付き添いなどなど。中高生になれば自分である程度できるのでしょうが、なんせ小学生でしたから💦
定型発達の子ぱんだ2も習い事の送迎・付き添いなどはしましたが、ギフテッドのように突拍子もないことを言い出したりしない分、親として安心感はありましたね。
結論、親ができるのはお金を出すことと、子どもが興味を示したことに対して寄り添ってサポートすることです。ですがこのサポート、ギフテッドの場合はサポートする側の忍耐力が試されます(泣)。
大人になったら変わる?~しゃべれなかった子どもが人前でしゃべる立場に~
ギフテッドの特性は変わらない。ただし、環境によっては子ども時代には見られなかった一面が表れることもある。そうままぱんだは考えています。
学校嫌いだし、頑張ってもなんか浮いてしまうし、先生には目を付けられがちだし。人見知りがひどくて人前でなんてとてもしゃべれない。なんなら先生ともしゃべれない。これ、小学3年生だったままぱんだのことです。典型的な内弁慶でした。当時のままぱんだの人生設計はこう。中学高校、そして音大を卒業したところで終わり(驚!)。その中に、間違っても人前でしゃべったり、会議を仕切ったり、みんなをまとめたりするような役割は入っていませんでした。当然といえば当然。外では目立たず、家に引きこもって好きなことに没頭する生活を思い描いていたのですから。○○になりたい!というような前向きな将来の夢は一切ありませんでした。そんなままぱんだが成長して大人になり、現在――
子どもが通う学校の役員をやっているなんて!それだけでも驚きなのに8年目!?役員って人前でしゃべることもあるんでしょ?人見知りでしゃべれなかったのに…。どういうこと??あまりの変貌ぶりに、小学3年生のままぱんだが目を丸くしています。そう、クラスの前でしゃべるのはもちろんのこと、各種会議への参加や先生方とのやり取り、役員内での仕事の割り振りや調整などなど、責任だけは重大な役割を担っているのです。子ども時代のままぱんだからは予想だにしなかった状態。でも、決してイヤイヤやっているわけではありませんよ(意外と楽しかったりする)。そういえば、根回しうまくなったなぁ(笑)。
あらためて考えてみると不思議なんですが、成長したのか、あるいは抑え込んでいた本来の自分が顔を出したのか、なんなんでしょうね。「自分のことは自分が一番よく知っている」って言ってみたいのですけど、ままぱんだの場合、自分のことが一番わからないのです。とほほ…。でも一つ言えるのは、今がこうだから大人になっても変わらない、とは限らないということ。自分の力が発揮できる場所があって、それによって自信がつけば、過去の自分からは考えられないようなこともできてしまったりするのです。
そう考えると、ギフテッドであっても自分が納得できるくらいには明るい未来が待っている✨と思えそうです。「もう生きていたくない…」と一時的に絶望しても、学校がつらすぎて不登校を選んでも、仕事が3年と続かなかったとしても…。はたから見れば失敗かもしれませんが、見方を変えればそれは自分に合わない環境を見つけたということです。そうやって試行錯誤して、自分が自分らしくいられる環境を選んでいけば、きっとしあわせな人生を送ることができるでしょう。大丈夫!あなたもできます!おとなしすぎて「この子どうやって生きていくの…?」と親に本気で心配されていたままぱんだも今、ちゃ~んと生きてますから(笑)。ギフテッドが自信を持って自分の人生を生きられますように☆と、今日も竹がいっぱい生えている森から願っています🎋
