秋晴れの気持ちの良いある日のこと。ぼーっと空を眺めているままぱんだ🐼。でも頭の中はフル回転なのです🌀なにを考えているかって?それは「ギフテッドが学校教育に望むこと」。ちょうど、文科省のギフテッド支援の話題がニュースで出ていますしね♪今回は、ギフテッド支援について当事者や保護者が望んでいることをテーマにお話ししていこうと思います。

ギフテッド支援に関するニュース
「ギフテッド」支援は理数教科 次期指導要領、文科省案
次期学習指導要領に関する中教審作業部会が13日開かれ、文部科学省は、特定の分野で突出した才能を持つ「ギフテッド」と呼ばれる児童生徒について、個別の学習指導計画を作成できるようにする特例制度の主な対象を算数・数学や理科にするとの案を示した。
引用元:一般社団法人共同通信社, 11/13(木) 18:09配信
「ギフテッド」支援は理数教科 次期指導要領、文科省案(共同通信) – Yahoo!ニュース
ほうほう、と読みながら考えたこと。まず第一に、ギフテッド支援について議論されることはありがたいです。ギフテッドという特性を持った人たちがいる。どうやら学校などの集団生活の場で困っているようだ。どう支援したらいいか?
ギフテッドの当事者や保護者からは、なかなか声を上げられないんですよね。というのも、「ギフテッド=天才=すごい」のイメージが先行してしまっているから。このイメージで「助けて!支援して!」な~んて、とても言えません。だから、国レベルで支援について議論されるということはそれだけギフテッドについて周知が進んだ結果ともいえます。それは本当によかった!と思っています。ギフテッドは理解されづらい側面がありますが、これを機にさらに広く知ってもらえることを願ってやみません。
「ギフテッド=天才=すごい」ではなく、ギフテッド=知能のあり方の一つ。
ままぱんだはそう考えています。
ギフテッド支援について、気がかりなこと
ただし、ギフテッド支援について「うーん…」と思ってしまう点もいくつかあります。以下は、当事者のままぱんだが自分自身を振り返って、また、ギフテッド息子を育ててきて感じた感想です。
★支援してもらえるのは理数系だけ?文系だったら対象外!?芸術・スポーツ系は?理数系はわかりやすいから、まずはそこからという感じなのかもしれないけれど。
漢字好きだけど、算数が絶望的にできなかった子ども時代のままぱんだ🐼は救われないなぁ。ギフテッド息子にしても、生物系の研究をしていたけれど、学校ではとんと理解されなかったな。ピアノや水泳で全国レベルなら大会当日は公欠扱い(たぶん)、入賞すれば学校の広報誌でも紹介され、場合によっては横断幕も掲げられる。でも、学会の大会でポスター発表しても、国の育成制度で研究して口頭発表しても、学校では認められなかった。「学会発表です」と言っても普通に欠席になってた。小学生だったから?今後はそういうのも認められるようになるのだろうか?
★個別の学習指導計画を作成?先生がた、大変すぎない?そもそも、その分野の興味が続くとは限らない。
大変な割に、その労力が報われない結果になってしまいかねない。そんなことを危惧するのはままぱんだだけでしょうか。というのも…。
高校で授業を受けたり、空き教室で大学のオンライン授業を受講したりって、受け入れ側の高校・大学の負担もあるのでは?それをクリアできたとして、毎回(個別の学習指導計画どおりに)出席するかわからない。ドタキャンもありえる。大学のオンライン授業ではなく、研究室で研究がやりたいと言い出したら?興味を持ったら没頭するけれど、それがずっと続くとは限らない。ある日突然、違うことをやりたいと言ったら?方針転換は可能?そもそも、ギフテッドに学習指導計画は合わないのでは?計画どおりにいかない可能性大(だと思う)。うまくいかなかったとき、「ここまで(苦労して)支援したんだから」って言われない(笑)?
★ギフテッドを支援するにあたって、対象となる子どもをどうやって決める?
これ疑問です。WISCなどの知能検査をするのでしょうか?学校の先生が選ぶのでしょうか?
と、つらつら書き連ねましたが。これは専門家でも何でもないままぱんだ🐼が思ったことです。
学校はこういう場所であってほしい🍀
「こういう子もいるんだ」と温かい目で見てほしい。そして、できることに着目して褒めてほしい。
勉強に限らずですが、できないことや苦手なことを責められたり、できるように強制(矯正)されたりすると、ギフテッドは追い詰められます。「よし、頑張ろう!」とはならない。でも学校教育ではそうされがち。なぜなら平均的にできることを求められるから。これって良い面もあると思うんです。将来、組織で働く場合とかね。ですが、ことギフテッドに限っていえば苦しさを感じるのです。
学校が好きなギフテッドは少数派かと思いますが、そうでなくても条件が合えば(担任がおおらかな先生、とか)苦手なりに淡々と通うこともできます。子ども時代のままぱんだや、小学校時代のギフテッド息子のように。もちろん、不登校を選ぶこともありますけどね。
ということで、ままぱんだが学校教育に望むこと、それは「温かい目で見てほしい」ということに尽きます。どういう支援をしてほしいか?というより、本人の自己肯定感を下げるようなことを言ったりしたりしないでほしい。「何をしてほしいか」より「何をしてほしくないか」です。自己肯定感が地に落ちた状態では、生きる気力もわいてきません。
決して「甘やかしていい」と言っているわけではないですよ。ダメなことはダメです。ただ、そのダメなことが「登校しないとダメ」や「協調性がないとダメ」だったりすると、ギフテッドの知能のあり方では苦しくて仕方ないのです。そうはいっても、こういったスキルは社会に出たら必要でしょ?大丈夫!!社会に出ても組織ではうまく生きていけませんから。ままぱんだ🐼が実証済みです(笑)。自営業だったり起業したりすると思います。
いかがでしたでしょうか。ギフテッド支援については、さまざまな意見があることと思います。そんな中で、当事者&保護者の視点から思うことを書いてみました。ギフテッドの周知が進み、彼らが自分らしい人生を生きられるようになることを心から願っています✨それではまた♪
